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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)5538号 判決

当事者の表示

別紙当事者目録記載のとおり

主文

被告田代光秋及び同福田外二を除くその余の被告らは、原告に対し、それぞれ、別表(一)(省略)の当該被告名欄に相応する返戻金額欄記載の各金員及びこれに対するその損害金起算日欄記載の日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

右被告らに対するその余の請求及び被告田代光秋及び同福田外二に対する各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用中、原告と被告田代光秋及び同福田外二との間に生じたものは原告の、原告とその余の被告らとの間に生じたものは同被告らの、各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは、原告に対し、それぞれ、別表(二)(省略)の当該被告名欄に対応する請求額欄記載の各金員(当該請求額欄に二個の金額の記載のある場合はその合算額)及びこれに対する別表(一)の当該被告名欄に対応する請求日欄記載の日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被告ら

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

(一)  (当事者)

原告は郵政労働者の労働条件の維持改善並びに相互扶助等を主たる目的として組織された労働組合であり、被告らはいずれも郵政職員で、もと原告の組合員であったが、別表(一)の当該被告名欄に対応する各請求日欄記載の日の前日にそれぞれ原告から脱退したものである。

(二)  (被告らに対する犠救金の支給)

1 被告らはいずれも郵政職員として、原告の組合員であった間、原告の機関決定に基づいて組合活動をしたことを理由に、郵政当局から別表(二)の当該被告名欄に対応する各昇給延伸期欄記載の期の昇給を延伸され、もしくは減号俸された(その時期が昭和四四年三月以前の場合は昇給を延伸されたもの、同年四月以後の場合は昇給を減号俸されたものである。)。

2 原告は、その規約に基づく犠牲者救済規定(以下単に規定という)及びその施行細則(以下単に細則という)の定めるところにより、被告らに対し、それぞれ右昇給延伸ないし昇給減号俸により蒙った損失の補償として、別表(二)の当該被告名欄に対応する各支給日欄記載の日に、各支給額欄記載の金額の犠牲者救済金を支給した。

3 右補償金(犠救金)支給及び支給額算出の根拠となった規定及び細則中関連部分の内容、改訂経過等は、別紙規定等一覧表記載のとおりである。

即ち、原告は、昇給延伸ないし昇給減号俸(以下この両者を併せて昇給延伸等ともいう。)により組合員が将来にわたり継続的に蒙る損失を、次のような方法により補償してきたのである。

(1) 昭和三二年五月二七日から昭和三五年七月一二日までの間は、まず昇給延伸のときから五年間の損失分を支給し、以後同様に五年毎に継続支給する(五年毎補償)。

(2) 昭和三五年七月一三日から昭和四〇年八月二七日までの間は、昇給延伸のときから六〇歳停年に至るまでの損失分を一括前渡支給する(一括補償)。

(3) 昭和四〇年八月二八日から昭和四三年八月二九日までの間は、毎年の損失分をその都度支給する(毎年補償)。

(4) 昭和四三年八月三〇日から現在までは、昇給延伸等から三年間の損失分を支給し、以後三年毎に継続支給する(三年毎補償)。

なお、右五年毎補償から一括補償への改訂に際しては、従前五年毎補償をしてきた者に対しても昇給期を基準として改訂の時点で精算のうえ六〇歳までの一括分を追加支給し、右一括補償から毎年補償への改訂に際しては、昇給延伸の原因となった行政処分が改訂施行日(昭和四〇年八月二八日)以前である者については昇給延伸期が右改訂日以後であってもなお改訂前の規定及び細則に則り、一括補償することとし、毎年補償から三年毎補償への改訂に際しては、昇給期を基準にして三年毎補償を即日施行した。即ち、当該組合員がそれまで毎年補償を受けていた場合でも右改訂後は三年毎の補償金を支給することとした。別表(二)の中で、昇給延伸期欄の年月が昭和四〇年八日二八日以降昭和四三年八月二九日までの間となっているものは全て、右一括補償から毎年補償への移行に際しての右経過措置により一括補償を受けたものである(毎年補償支給者については本件返戻義務の問題は生じない。)。

かくして、被告らのうち同表の昇給延伸期欄記載の年月が昭和四三年八月より以前の者は全て結局右一括補償による犠救金支給を受けたものであり、同年九月以降の者は右三年毎補償による犠救金支給を受けたものである。

(三)  (被告らの犠救金返戻義務)

1 被告らは右のようにして一括もしくは三年毎補償の方法により犠救金の支給を受けた者であるが、それぞれ前記のとおり原告を脱退したことにより、支給を受けた補償金のうち、脱退後の損失に相当する部分につき原告にこれを返戻する義務がある。

即ち、原告の犠牲者救済制度(以下犠救制度という)は、原告の所属組合員が組合機関決定に基づく組合活動を遂行中これに起因して犠牲を蒙った場合に、その損失を組合員全体の資金によって可及的に補填し、もって原告の労働組合としての団結権の維持、強化をはかり、ひいて原告の目的である組合員の労働条件の維持改善、社会的地位の向上を達成しようというにあり、このような制度の本質に照らし、原告の目的とするところに反して原告を脱退した者に対して脱退後の損失分まで補償することは全く予定していないものである。従って、制度の運用として右のとおり将来の一定期間分ないし停年までの全期間分の損失の前渡しを受けた組合員がその後原告を脱退した場合に、支給額のうち脱退後の損失に相当する部分を原告に返戻すべき義務を負うに至ることは、制度の本質から当然のことであり、またこの理は、前記規定中の「組合員としての資格を有する間補償する」旨の規定に表現されているところでもある。

犠救金の返戻に関する規定は、昭和三六年七月二〇日、細則(10)(別紙規定、細則一覧表記載の細則(10)の意。以下規定、細則につき同様に表現する。)一五条(六)項として初めて明文化され、細則(11)一五条(五)項に引き継がれ、昭和四〇年八月二八日からの毎年補償制実施に伴って削除され、その後三年毎補償制下の昭和四五年九月三日改訂施行の規定(7)四六条一号但書として再度明文化されたのにすぎないところ、右返戻規定の存する期間に支給を受けた者について右返戻義務が発生するのは当然であり、また被告らのうち昭和四〇年八月二八日以降昭和四三年八月二九日までの間に支給を受けた者は全て右(二)3項に記載したとおり改訂に際しての経過措置として、従前の規定(4)、細則(11)に基づき一括補償を受けたものであるから、当然に右返戻規定が適用されるが、かかる返戻規定の存しない時期(即ち昭和三六年七月一九日以前及び昭和四三年八月三〇日から昭和四五年九月二日まで)に支給されたものについても、右返戻義務は制度の本質上当然に発生するのである。

2 右により被告らが原告に返戻すべき額は、右返戻規定及び制度の趣旨に照らし、(1)被告らのうち別表(二)の昇給延伸期欄記載の時期が昭和四三年八月以前のもの、即ち六〇歳までの一括補償を受けたものについては、その支給基礎年数(六〇歳から昇給延伸期時の年令を差引いた年数)から昇給延伸期より脱退までの組合在籍年数(一年未満は一年とする。)を差引いた残余の年数の比率により算出した金額であり、(2)同欄記載の日が昭和四三年九月以降のもの、即ち前記三年毎の補償を受けたものについては、支給対象年数三年から組合在籍年月数を差引いた残余の年月数に相当する損失部分となるべきである。

そして、右(1)において、支給基礎年数は別表(二)の各該当被告欄の支給基礎年数欄、組合在籍年数は同じく組合在籍年数欄各記載のとおりであり、従ってその返戻割合(支給額に対する返戻すべき金額の割合)は同じく返戻割合欄記載のとおりとなるべく、よって返戻すべき額は同じく請求額欄記載の金額(円未満切り捨て)となる。また(2)において、右組合在籍年月数は同じく組合在籍年数欄記載のとおりであり、これに従って返戻すべき金額を計算すると、同じく請求額欄記載の金額となる。

右返戻金額の計算は、(1)の場合は単純に年数に応じて比例計算して算出しているが、実質的にみても右制度の本質に照らし該当被告らに不利益を及ぼすものではなく、また(2)の場合は、三年間の支給額を算出する場合の計算方法に従い、該当被告の右組合在籍年月に応じた損失額を算出し、支給額からその額を差引いて算出しているから、該当被告に不利益を及ぼす余地はない。

なお、別表(二)の返戻割合欄に「実損消滅」の記載のあるものは、昇給延伸等を受けた後これに基づく損失が全部又は一部消滅したものである。

3 被告らの右返戻債務の履行期については明示の定めはないが、右債務の性質が前渡金の返還の性質を有するものであり、かつ脱退という被告らの任意かつ原告及び本件犠救制度の目的に反する行為に基づき発生するものであること等に鑑み、脱退と同時に履行期が到来すると解するのが相当である。

(四)  結論

よって原告は被告らに対し、別表(二)の当該被告名欄に対応する請求額欄記載の各金員(一被告につき請求額欄に二個の金額の記載のあるものはその合算額)及びこれに対する各被告の脱退の日の翌日である別表(一)の各請求日欄記載の日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告らの答弁

(一)  請求原因(一)項の事実は認める。

(二)  同(二)の1項の事実は認める。同2項の事実は争う。同3項中規定及び細則中関連部分の内容、改訂経過等(別紙規定等一覧表記載の事項)は認めるが、その余は争う。

(三)  同(三)項は争う。本件補償金の返戻義務については次の如く反論する。

本件犠救金の返戻規定は昭和三六年七月二〇日施行の細則(10)一五条(六)項に初めて規定されたものであり、同規定は昭和四〇年八月二七日に廃止された。従って被告らのうち昭和三六年七月二〇日より以前にあるいは昭和四〇年八月二七日以降に支給を受けた者には、脱退によりこれを返戻しなければならない根拠はない。また支給時期が昭和三六年七月二〇日以降であっても、その原因となった組合活動(ストライキ参加行為)が同日より以前である者については、たまたま昇給期の違いにより受給が遅れたのにすぎないのであるから、公平の観点から返戻の義務はないというべきである。

原告は、右返戻義務は制度の本質から返戻規定の存否にかかわらず当然のことと主張するが、組合活動としてのストライキ参加により戒告等の処分を受けたことに基づいて次期昇給期に昇給を延伸された結果蒙る不利益は、当該組合員が原告から脱退すると否とにかかわらず退職まで続くのであり、右返戻規定新設前の犠救制度は右損失の究極的な補償を目的とするものであって、原告を脱退したときはこれを返戻するなどということは全く予定されていなかったものである。しかるに、原告の反復する違法ストライキに対し昭和三五年ころからこれを批判し原告を脱退して全日本郵政労働組合(全郵政)の前身である全国特定局労働組合ないし郵政労働組合に加入する者が激増するに及び、原告はこの脱退を防止するため、また全郵政に加入した者に対する制裁として、右返戻規定を新設したものである。従ってその以前にストライキに参加した者は、ストライキに参加して処分を受ければ犠救金を確定的に取得しうるものとのオルグの説明を受け、そのように信じてストライキに参加していたのである。

仮りに犠救制度の本質が原告を脱退した場合には犠救金を返戻すべき性質のものと解するとしても、右は単に抽象論であって、返戻の方法、割合等を定める具体的規定の存しない限り、具体的な返戻債務は発生しないというべきである。

三  被告らの抗弁

仮りに本件犠救金返戻義務に関する前記原告の主張が理由があるとしても、以下述べる理由により被告らの返戻義務は存在しない。

(一)  本件犠救金返戻規定は、結社の自由を保障する憲法二一条及び労働者の団結権を保障する憲法二八条の趣旨に照らし、公序良俗に違反するものであって、民法九〇条に反し無効である。

即ち右返戻規定は、例年慣例的にストライキを反復する原告に批判的な組合員が、相次いで全郵政の前身である全国特定局労働組合ないし郵政労働組合に加入するという状勢下において、原告組合員の脱退を防止しようとの目的のみをもって新設されたものである。当時犠救制度は六〇歳停年に至るまでの一括補償形式であり、その補償金は相当高額なものとなっていたところ、さして高額な所得者でない郵政労働者にとって、一括補償を受けた金額を組合脱退時に一時に返還することは一般に至難のことであり、このため、原告の活動方針に批判的な組合員が脱退を希望しても、犠救金の即時返還能力のないとの理由だけで脱退を思い止まらざるをえないという事態を生ずるのである。かかる返戻規定は、憲法上保障された結社の自由、団結権を侵害するものであるから、公序良俗に反し無効といわなければならない。

(二)  原告の被告らに対する本訴請求は、原告を脱退して全郵政に加入した被告らに対する報復手段として被告らを困惑させる目的のみをもってするものであるから、権利の濫用に当り許されない。

原告の主張するところに従えば原告から脱退した全ての者に対し犠救金の返戻請求がなされるべきところ、本件訴訟の被告のほとんどは原告を脱退して全郵政に加入した者であり、脱退しても全郵政に加入しなかった者に対しては訴求せず、あるいは手違いにより訴求した相手に対しては訴を取下げているのである。

(三)  被告らはいずれも本件犠救金を、組合を脱退しても返還する必要のない確定的補償金として受領したものであるから、それにもかかわらず脱退により返戻義務があるのだとすれば、被告らの右受領行為は法律行為の要素に錯誤があり無効である。

返戻規定新設前にその支給を受けた者が原告を脱退してもその返戻義務がないと信じてこれを受給したことは前記二(三)項に述べたとおりである。また返戻規定は前記のとおり新設され廃止されたものであるが、その規定は下部組合員には周知されておらず、しかも右規定新設後も原告は最近に至るまで脱退者に対しその規定に基づく返還請求権を行使したことはなかった。他方、原告組合員である間毎月定額のまた毎年臨時の犠救金資金を徴収されていた組合員が、ストライキに参加したため昇給延伸等の損害を受けて、これに見合う補償金を受領すれば、これを確定的に取得したものと考えるのは至極当然であるし、さらに原告はオルグ又は支部役員を通じストライキに参加する一般組合員に対して昇給延伸等の損害に対する補償は確定的に行う旨申向けてストライキに参加させ、また犠救金を支給する際には返戻規定の説明はなされなかったのである。かくして被告らは原告を脱退しても返還する必要がないものと信じて本件犠救金の支給を受けたのであり、そう信じたのでなければストライキに参加することも、犠救金を受給することもなかったのである。

なお、右受領行為が無効とした場合にも、被告らには右受領に基づく不当利得は存在しない。即ち被告らは原告の指令により違法なストライキに参加させられた結果昇給延伸等の損害を蒙ったのであり、その損害は被告らが原告を脱退すると否とにかかわらず存在するのであるから、被告らが本件犠救金を保持してもその損害を補填した余に利得は存しないのである。

(四)  仮りに被告らに本件犠救金返戻義務があるとしても、被告らはそれぞれ原告に対し次のとおり不法行為に基づく損害賠償請求権を有する。

公労法一七条に違反してするストライキは違法であって、これに参加した組合員に対する行政処分は当然の措置であるところ、郵政当局は昭和三五年後半頃から違法ストライキについて一般参加組合員まで処分の対象とするようになり、従って原告は一般組合員をストライキに参加させれば一般組合員も処分を受け、その結果昇給延伸等による財産的損害を蒙るべきことを認識していた。しかるに原告は例年争議行為を実施するに当って闘争指令を発し、次いで指導文書を発して争議行為を実施すべき拠点郵便局(組合支部)を定めると共に、当該拠点局に対しオルグを派遣して拠点局である支部の執行権を停止せしめ、派遣オルグに指導権を全面的に帰属させて争議行為の指導をさせた。右拠点局の指定は、ストライキ当日あるいはその前夜遅くに通達することにより、当該拠点局の一般組合員によるストライキ回避の策動を防止した。さらにストライキ回避者に対して、原告組合員による暴行、脅迫、名誉毀損等の圧迫を加える等の事件が続発したが、原告はこれを黙認してきたし、ストライキ拠点局の組合支部長らはストライキ実施に際し、一般組合員は行政処分を絶対に受けない等の詐言を用いてきた。このようにして原告は被告らをして物理的、心理的に強制しもしくは欺罔して違法なストライキに参加させたのであり、これにより被告らはその任意によらずしてこれに参加するのやむなきに至り、よって昇給延伸等の損害を蒙ったものである。

右のような原告の行為は被告らに対する不法行為に当るものというべく、被告らに対する各不法行為の時期は、各被告が参加したストライキ当時であるから、各被告につき別表(二)の昇給延伸期欄記載の時期の数ケ月前であり、これに基づく被告らの損害は昇給延伸等の処分を受けた同欄記載の時に発生したものであり、またその損害額は、本件犠救金支給額(このうち原告から究極的に補償を受けた額を控除するから、結局原告の各被告に対する本訴請求権と同額となる)を下らない。

よって被告らはそれぞれ原告に対し、本訴請求額と同額の不法行為に基づく損害賠償請求権を有するものというべく、そこで昭和四九年九月五日の本件第七回口頭弁論期日において、同請求権をもって原告の被告らに対する本件犠救金返戻債権と対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する原告の答弁

被告らの抗弁事由はいずれも争う。以下被告らの抗弁(一)ないし(四)に対応して、以下のとおり反論する。

(一)  既に述べたとおり、本件返戻規定ないし被告らに対する本件犠救金返戻請求は、犠救金制度の本質に基づき、脱退組合員に対し前払いした補償金のうち脱退後の分について返戻を求めるものであって、脱退に際し新たに制裁金を課するものではないし、これを返戻しなければ脱退の効力を生じないというものでもない。脱退に伴いその返戻債務を負うという不利益を受け、これにより事実上脱退が制約されるとしても、それは各組合員が組合員として留まることと脱退することの利益、不利益を比較して自由に選択できることなのであるし、そのことによって原告が脱退を間接的に抑制しても、それは団結の維持を目的とする労働組合として当然のことであり、法の認容するところである。

よって脱退により犠救金の返戻を求めることは、結社の自由、団結権を侵すものではなく、公序良俗に反するところはない。

(二)  原告が労働組合としてその団結に背馳した者に対して犠救金の返戻を求めることは、制度の本質上当然である。原告が本件犠救金返戻を訴求した相手はほとんど脱退して全郵政に加入した者であるが、それは原告を脱退したほとんどの者が全郵政に加入したこと及び全郵政に加入しなかった者は脱退に際しあるいは原告からの請求を受けて任意に返戻した者が多いことにあるのである。

よって本訴請求が権利の濫用に当る理由はない。

(三)  被告らの犠救金受領行為は単なる事実行為であるから、これについて意思表示の錯誤を論ずる余地はない。

(四)  被告らの昇給延伸等の原因となった組合活動が、被告らが組合員としてその意思により選出した組合機関の決定に基づくものである以上、団体法理としては被告ら自ら決定したことにほかならないものというべく、原告が強大な統制権を背景に違法行為を強制したというのならば、被告としてはその機関決定に際し、意見を述べて原告の運動方針を批判し是正していくのが組合員としてとるべき行動であり、その努力をしないで組合活動に参加しながら、脱退後になってその違法性を主張するということは、およそ労働組合員の規範意識に合致しない。ストライキ実施に際し原告が組合員に対し参加を説得することは当然の行為であり、その方法も意思決定の自由を著しく拘束する強制ではなく、参加した組合員は自己の責任において自発的に行動したものである。従ってストライキ参加によって受けた昇給延伸等の損害は自己の行動に対する各組合員の責任として甘受すべきものであり、原告に対しこれを損害賠償として請求すべき余地はない。

第三証拠関係(省略)

理由

一  原告の請求原因(一)項の事実、(二)1項の事実、(二)3項のうち本件犠救金支給及び支給額算出の根拠たる規定及び細則中関連部分の内容、改訂経過等が別紙規定等一覧表記載のとおりであることは、いずれも当事者間に争いがない。

そして、右規定、細則と、(証拠省略)によれば、原告は、その機関決定に基づく組合活動により郵政当局から昇給延伸等の処分を受けた組合員に対し、当該組合員が右昇給延伸等により爾後将来にわたり継続的に蒙る損失に対し、請求原因(二)3項記載のとおりの方法により補償金を支給してきたこと、被告らに対してもこれと同様にして、次に指摘する(1)ないし(7)の点を除き(これらについては、それぞれその指摘のとおり認められる。)別表(二)の当該被告欄に対応する各支給日欄記載の日に、各支給額欄記載の金員を犠救金(補償金)として支給したことがいずれも認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。

(1)  被告宮村実(別表(二)の番号四四二――以下被告名下にカッコ書きで付する番号はこの番号を示す。)に対する支給額は一三六、九六〇円である。

(2)  被告木原三次(四四九)、同林初男(四五〇)の各支給日については、それぞれ昭和三八年五月一三日の他に、同年九月二五日に寒冷地給の追給がある。

(3)  被告久保田明男(四七六)の支給日は昭和四四年五月九日である。

(4)  被告小林晴雄(五〇五)に対する寒冷地給支給日は昭和三八年一二月二六日である。

(5)  被告木本寿美男(六四七)に対する支給額は二七、六二四円である。

(6)  被告松田伊八(六六八)に対する支給日は昭和四四年五月九日である。

(7)  被告緑和栄(六九五)に対する、原告主張の支給日における支給額は、昭和三四年七月一四日二八、二五〇円、同三五年九月二九日一四〇、四六三円、同三八年一二月二六日一二、六九〇円で、以上合計一八一、四〇三円である。

従って、被告らのうち、別表(二)の該当被告名欄に対応する昇給延伸期欄記載の時期が昭和四三年八月より以前である者は結局当該時期から六〇歳まで昇給延伸による損失が継続するものとしてその全期間の補償を一括して受けたものであり、同時期が昭和四三年九月以降である者は、当該時期から三年間分の損失補償を受けたものである(なお支給事由が二以上あって、それぞれが昭和四三年九月の前後にまたがる被告吉田信一(六二五)、同裏田長市(六四五)、同伏木彬(六四九)、同扇一知(六五一)、同加藤外喜男(六五九)の場合は、支給事由が右より以前の分に関しては右前者に、支給事由が右より以降の分に関しては右後者に該当する。)。

二  そこで、右のようにして将来分の損失に対する補償金を受給した者が、その補償対象期間内に原告を脱退した場合に、脱退後の損失に相当する部分(ないし脱退までの期間の損失分を控除した残部)につきこれを原告に返戻する義務があるかどうかにつき考える。

労働組合のいわゆる犠牲者救済制度は、組合員が組合活動のために蒙った損失をできるだけ補償することにより、組合員間に統一、連帯の意識を確立するとともに、組合員をして安んじて組合活動ができるようにし、もって団結の維持、強化を図る趣旨のもとに設けられているものと解されるところ、もともと労働組合がかかる犠救制度を設けるかどうか、設けるとしてどの範囲において補償することとするかは、当該労働組合の自主的決定に委ねられるところであり、本件において問題となっている昇給延伸等による損失のように、一回的な組合活動により損失が将来にわたり継続的に発生する場合に、将来にわたる損失を当該組合員の組合員資格の存続いかんにかかわりなく確定的に補償することとするか、あるいは当該組合員が組合員資格を保有する間に現実化した限度でのみ補償することとし、脱退、除名等により組合員資格を失った後に現実化する損失については補償しないものとするかも、当該労働組合の自由に定めうるところであって、結局は当該制度がいずれの趣旨において設けられているかの解釈問題に帰する。

そこで本件の犠救制度について考えてみるのに、昭和三四年一月三一日改訂施行の規定(2)の第八条において、「昇給延伸の補償についてはその事由発生の日より組合員としての資格を有する間……補償を行う」旨定め、その趣旨の定めは以後数次の改訂においても終始維持されていること(もっとも右以前の規定には右趣旨の定めはなく、本件被告らのうちには右以前の昇給延伸により補償金を受けた者もいるけれども、その被告らもその後の昭和三五年七月一三日改訂施行の規定(3)及び細則(9)により一括補償の追加支給を受けたのであり、本件返戻請求の対象となっているのは右追加支給の範囲内なのであるから、右の定めの趣旨の下に支給を受けたものに他ならないということができる。)、(証拠省略)によれば、原告における犠救制度は、全組合員が義務として毎月及び毎年臨時に納入する資金によって賄われ、他方組合員資格を失った者は以後その納入義務を免れるものと認められるのであり、犠救金の支給を受けている者も一方では右資金を納入して他の組合員に対する補償資金を拠出している関係にあるのであるから、除名、脱退等により組合員資格を失った者が右制度に基づく義務を免れながら、補償の利益のみを享受することは、かかる組合員の相互扶助の観点から公平を失するものと考えられること、犠救制度が前示のとおり団結の維持、強化を目的としていることに鑑みると、除名、脱退等により組合員資格を失った以後に具体化した損失についてもなおこれを補償する趣旨において犠救制度を設けたものと解することは、一般に当該労働組合の意思解釈としてとり難いこと等の事情に、(証拠省略)を綜合すると、本件犠救制度は、昇給延伸等による損失については、当該組合員が組合員資格を有する間に具体化した損失についてのみ補償し、除名、脱退等により組合員資格を失った後の損失については補償しないものとの趣旨を包含して設けられたものと認めるのが相当であり、それにもかかわらず、前示のように昇給延伸等のときから六〇歳までの損失相当分を一括支給し、あるいは右のときから三年間分を支給するというような方法をとったのは、専ら犠救金支給事務の簡素化という技術的な理由によるものであり、当該組合員が将来組合員として留まることを予定しての補償金前渡しの性質を有するものと認めるのが相当である。

そうとすれば、当該組合員が前渡しを受けた補償の対象期間の途中で脱退、除名等により組合員資格を失った場合には、組合在籍期間の損失分を超過する部分、即ち資格喪失後の損失分については、これを保有しうべき根拠を失うに至るのであるから、これを原告に返戻すべきものと解すべく、このことは、右制度の趣旨から当然に導き出せるところと解される。

右返戻義務については、前記一括補償方式が施行された後の昭和三六年七月二〇日に改訂施行された細則(10)の一五条において初めて明文化されたのであるが、右掲各証拠によれば右の前後において制度の趣旨に何ら変更はなかったものと認められるのであって、右規定は、制度上当然に包含されていたところを解釈規定として明文化したものにすぎないと解するのが相当であり、また右返戻規定は昭和四〇年八月二八日の規定(5)の改訂施行により毎年補償方式に改められたのに伴い削除されたが、これにより従前の規定により一括補償を受けたものにつき返戻義務が消滅したものと解しえないことはいうまでもない。

また、昭和四三年八月三〇日改訂施行の規定(6)により三年毎補償方式がとられるようになったが、この補償方式下における返戻規定も昭和四五年九月三日改訂施行の規定(7)第四六条一号但書において初めて明文化されたのであるが、この点についても右に述べたところと同様である。

なお、昇給延伸等の損失補償をした後に、給与改訂その他の理由により昇給延伸等による損失が消滅した場合に、これにより救済を要しなくなった部分についての返戻義務に関する規定の推移も、右と全く同様であるが、この返戻義務も、以上に述べた制度の趣旨に鑑み、明文の規定の存否にかかわらず当然に導き出しうるものと解される。

以上のとおりであるから、返戻に関する明文の規定の存否にかかわらず、被告らはそれぞれ原告を脱退したことにより、原告から支給を受けた前記犠救金のうち、組合在籍期間中の損失分を超過する部分、即ち脱退後の期間の損失に相当する部分を原告に返戻する義務を負うに至ったものと解さなければならない。

三  そこで次に、その返戻すべき金額の算定方法につき考える。

まず、一括補償方式により支給を受けたものについては、昭和三六年七月二〇日改訂施行の細則(10)一五条(六)項(ホ)において、「返戻の割合は、計算基礎となった支給年数から組合在籍年数又は支給理由が消滅するまでの分(一年未満は一年とする)を差引いた残余の年数による比率と」する旨定められ、その規定は昭和三九年一〇月三一日改訂施行の細則(11)にも引き継がれたから、一括補償方式により支給を受けた者のうち昇給延伸期が右昭和三六年七月二〇日以降のものについては、右規定に基づき、原告主張のとおり、支給基礎年数を分母とし、同年数から昇給延伸期より脱退までの組合在籍年数(一年未満は一年とする)を差引いた残余の年数を分子とする比率により算出した額を返戻する義務を負うものと解すべきである(なお、昭和四〇年八月二八日以降同四三年八月までの間に一括補償を受けた者は、既に述べたとおり昇給延伸の原因となった行政処分が昭和四〇年八月二八日より以前であったため、なお従前の規則(4)及び細則(11)に則り一括補償支給を受けたものなのであるから、右返戻規定の適用があると解すべきである。)。

問題は右返戻規定新設以前に犠救金の支給を受け、あるいは昇給延伸されたものについても、右返戻規定による算定が許されるかどうかである。そこで考えてみるのに、(証拠省略)によれば、右一括補償方式における補償金額算出の方法は、補償事由発生時の昇給間差額と将来六〇歳に至るまでの昇給とを綜合して支給基準年数の間の平均的昇給間差額を設定してこれを基礎とし、このためおおむね支給基礎年数のうちの前半部分に関しては補償額が実際の損失を上廻る計算関係になっていること、補償額には停年時に退職するものとして昇給延伸に伴う退職金の損失分も加算されていること、このため、また右返戻規定上組合在籍年数の計算は一年未満の端数を一年に切り上げることとしていることもあいまって、右補償額算定上年五分の割合による中間利息を控除していることを考慮しても、右のように支給基礎年数とそれから組合在籍年数を控除した残余の年数との単純比率方式により算出した返戻金額は、おおむね支給を受けた補償金総額から組合脱退時までの損失相当額を控除した金額に、その受領の日から年五分の割合による利息を付して算出した金額を上廻ることなく、従って右返戻金額の算定は前示返戻義務を前提とする以上実質的に返戻義務者に不利益を及ぼすおそれは少ないことを認めることができる。従って右返戻規定の定める返戻金額算定の方法は、前示犠救制度の趣旨に照らして合理性を有する一つの算定方法ということができる。ところで右一括補償の額の算定は、右のように平均的昇給間差額を措定するなど、必ずしも将来の損失を厳密に把握しているわけではなく、いわばその概算額を支給するものとして制度が定められているわけであるから、組合資格喪失の場合に返戻すべき金額についても絶対無二の基準があるとはいえない面がある。もとより組合在籍期間中の損失をいちいち正確に算出してこれを基礎に返戻金額を算出するのがより正確な方法とはいえるが、莫大な組合員を擁する原告にとってかかる計算が極めて煩瑣であることは明らかであって、しかるが故に原告としても右返戻規定の如き画一的かつ簡易な算出方法を採用したものと認められ、このことにも十分な合理性が認められる。そして既に述べたようにもともと犠救金の支給自体が原告の自治的決定に委ねられていることに鑑みれば、制度に包含された返戻義務を具体化する返戻金額の算定方法の如きは、いわば制度の運用問題たる性質を有するものともいうことができる。

以上の諸点を綜合して考えると、多数決原理を基礎とする所定機関の決定により定められた右返戻規定は、その旨の明文はないけれども、その新設当時既に一括補償方式による補償金の支給を受け、あるいは当時既に補償事由(昇給延伸)が発生していた者に対しても、これを適用する趣旨において定められた運用規定であり、かつこれらの者に対しても有効に適用しうるものと解するのが相当である。

次に三年毎補償方式により支給されたものの返戻金額については、昭和四五年九月三日改訂施行の規定(7)四六条一号但書において「救済を要しなくなった月以降については月割計算により返戻しなければならない」旨定められているところ、「月割計算」の意味は必ずしも一義的ではないが、これを原告が主張するように、補償すべき組合在籍期間を月単位に計算し(原告は一月未満の端数は一月に切り上げて計算しているのであり、この見地から妥当な方法である。)、これに基づき組合員資格喪失までの補償すべき金額を算出し、補償金支給額からこれを控除して返戻すべき金額を算定するという方法は、前示本件犠救制度の趣旨に極めて忠実な方法であって、右規定の解釈としても合理性を肯定しうるところと解される。従ってまた、右規定新設以前に三年毎の補償を受けたものについても、右の方法により返戻金額を算定することは正当といわなければならない。

四  そこで、右の方法により被告らについて各脱退による返戻金額を考えると、(証拠省略)により、まず一括補償受給者については、昇給延伸時の各該当被告の年令、支給基礎年数(六〇歳から右年令を差引いた年数)、組合在籍年数(昇給延伸の時期から脱退までの年数にして一年未満を一年に切り上げたもの)が、次に指摘する(2)ないし(5)及び(7)の点を除き(それらについてはそれぞれその指摘のとおり認められる。)、それぞれ別表(二)の各該当被告名欄に対応する各当時の年令欄、支給基礎年数欄、組合在籍年数欄記載のとおりであると認められ、この認定に反する証拠はなく、従ってその返戻金額算出の割合、支給金額に同割合を乗じて得た返戻すべき金額は、次に指摘する(1)ないし(8)の点を除き(それらについてはそれぞれの指摘のとおりとなる。)、それぞれ同表の各該当被告名欄に対応する各返戻割合欄及び各請求額欄記載のとおりとなる。

(1)  被告宮村実(四四二)の返戻金額は一一一、五九七円となる。

(2)  被告古川六郎(五二二)の組合在籍年数は八年であり、従って返戻割合は二三分の一五、返戻金額は九七、六三〇円となる。

(3)  被告福田外二(五六六)は昇給延伸時において五四歳であり、支給基礎年数、組合在籍年数はいずれも六年であると認められる。しかるに原告は同被告に支給した補償金七三、八二〇円のうち六三、八二〇円の返戻を求めているのであるが、右事実によれば、既に述べた脱退後の損失に対する補償相当分の返戻の見地からは、同被告に対し返戻を求めうべき理由はないことが明らかである。なお原告は同被告に対する返戻請求の根拠として実損消滅を主張し、(証拠省略)には「実損なし六三、八二〇」との記載があるが、この記載のみをもってしては、いかなる時期にいかなる事由に基づいて損失が消滅し、いかなる理由で同金額が算定されたか全く不明であるので、返戻を求める根拠事実についての証明が足りないものといわなければならない。

(4)  被告石動一夫(五八九)の当時の年令は五一歳、支給基礎年数は九年、組合在籍年数は四年であると認められ、そうすると返戻割合は九分の五であり、返戻金額は四九、一八五円である。

(5)  被告西尾隆(六一〇)については、①昭和三三年七月から二期の昇給延伸につき同年同月二四日に五年補償として四七、〇〇〇円、②昭和三五年一月期の昇給延伸につき昭和三四年二月一九日に二九、三〇〇円、③昭和三五年四月期の昇給延伸につき同年五月一一日に一八、三〇〇円を受給し、右①の延伸時の年令が二七歳、②③の各延伸時の年令が二九歳であり、そして①についての支給基礎年数は三三年、組合在籍年数は一二年、従って返戻割合は三三分の二一、②③についての各支給基礎年数は三一年、各組合在籍年数は一一年、従って返戻割合は三一分の二〇であることが認められるところ、④昭和三五年九月二九日に規約改正追給として二〇四、九五五円、⑤昭和三八年一二月二六日寒冷地給追給として一二、八七〇円の追給を受けているのであるが、これら追給については右①ないし③に対する各追給分を区分すべき証拠がないから、結局立証責任の配分に従い同被告に有利な右①の返戻割合によるほかない。よって返戻金額は次式のとおり一九九、二三四円と算定すべきである。

(47,000+204,955+12,870)×21/33+(29,300+18,300)×20/31=199,234

(6)  被告金山清造(六六〇)の返戻金額は八六、三九二円となる。

(7)  被告諸橋祐治(六七八)の組合在籍年数は九年と認められ、従って返戻割合は三五分の二六、返戻金額は七〇、一七〇円となる。

(8)  被告緑和栄(六九五)の返戻金額は一一九、二〇七円となる。

次に、右掲証拠により、三年毎補償受給者の組合在籍年月数及び返戻すべき金額は、次に指摘する(1)ないし(5)の点を除き(これらについてはそれぞれ指摘のとおり認められる。)、別表(二)の各該当被告名欄に対応する各組合在籍年数欄及び各請求額欄記載のとおりであることが認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。

(1)  被告小林袈裟徳(四四八)の返戻金額は一六、二二八円と認められる。

(2)  被告田代光秋(五三四)は、昭和四四年四月期の昇給を延伸され、昭和四七年三月三日脱退したものであるから、結局補償対象年月の全部(三年)につき組合員資格を有したことになり、脱退後の損失相当分として返戻を請求しうべき理由はないことが明らかである。また損失消滅の見地からも、「救済を要しなくなった月以降」の損失相当分は存しないこと明らかであるから、返戻を求めうべき理由はない。

(3)  被告坂下富太(五四六)については、組合在籍年月は一年三月であるが、当初より損失が発生しなかったものと認められるから、支給金額全額を返戻すべきものと認めることができる。

(4)  被告木本寿美男(六四七)の返戻金額は一三、一二二円と認められる。

(5)  被告扇一知(六五一)の昭和四五年四月二三日の二〇、四〇九円の支給に対応する返戻金額は一三、一八四円と認められる。

五  被告らの原告に対する右各返戻債務は、被告らの脱退と同時に発生するものであるが、その履行期について明示の定めのないことは原告においてこれを自認するところ、右債務の性質が前渡金の返還の性質を有するからといって当然に即時に履行期が到来するものと解することはできないし、他に脱退の時をもって履行期と解すべき十分な理由も見出しえない。従って右履行期は請求の時に到来するものと解するのが相当であり、原告が本件訴状送達の日以前に被告らに対し請求したことについて主張も立証もないから、被告らは本件訴状送達の日の翌日から遅滞に陥るものというべきである。

六  次に被告らの抗弁につき順次判断する。

(一)  まず被告らは、本件犠救金返戻規定が憲法上保障された結社の自由、労働者の団結権を侵すものであるから公序良俗に違反し無効であると主張する。

しかしながら、既に述べたように、本件犠救制度は、組合活動に基づく昇給延伸等の損失については当該組合員が組合員資格を有する間の損失の限度でこれを補償するものとし、従って将来の損失分の前渡し支給は、受給者がその後組合員資格を失った場合にはそのうち資格喪失後の損失相当分を原告に返戻すべきものとしてなされる、との趣旨において設けられたものであって、右返戻規定はその趣旨を明文化したものにすぎず、当該組合員が脱退するに際し新たな不利益を課するという性質の規定ではないのである。従って右返戻義務の発生は、組合脱退に必然的に伴う諸種の利益、不利益のうちの一つにすぎないのであり、それが事実上脱退を制約する一要素となっても、これをもって組合員の組合離脱の自由を違法に制約するものということはできない。よってこの点の被告らの主張は採用できない。

(二)  次に被告らは、原告の本訴請求が、原告を脱退して全郵政に加入した被告らに対する報復手段としてのみなされたものであるから、権利の濫用に当り許されないと主張する。

しかしながら本件返戻義務の履行を受けることによって原告が経済的利益を受けることは明らかであるから、本件請求をもって専ら被告らに対する報復のみを目的とするというのは当らないところ、原告が労働組合としてその目的に背馳すると考える者に対してその履行を求め、しからずと考える者に対しその履行を求めないということがあったとしても、それは元来原告の自由な決定に委ねられるところであって、これをもって権利の濫用というのは当らないから、この点の主張も採用できない。

(三)  また被告らは、本件犠救金を脱退後も返戻する必要のない確定的補償金として受領したのであるから、右受領行為が錯誤により無効であると主張する。

しかしながら受領行為は、債務者のなす弁済に対応して債権者がなす協力行為たる事実行為にすぎないから、受領行為のみを取りだしてこれにつき法律行為の錯誤を観念する余地はないものというべく、この主張も採用できない。

(四)  最後に被告らは、本件犠救金支給の原因となった組合活動(ストライキ参加)につき、原告が被告らをして違法な方法で違法なストライキに参加させたとして、不法行為に基づく損害賠償請求権を主張し、これと本件犠救金返戻債務との相殺を主張する。

そこで右不法行為の成否につき考えるのに、たとえ原告が公労法一七条に違反する違法なストライキを機関決定し、これに基づき組合員に対しストライキ指令を発して組合員をしてストライキに参加せしめ、これによって組合員が当局から昇給延伸等の損失を受けても、組合員としては、労働組合の組織機構を通じて直接又は間接にその機関決定に自己の意見を反映させ、あるいは自己の違法と信ずる機関決定や指令にはあえて違反し、その結果受けるべき制裁に対しては法律上の手段をもってこれを争い、あるいは組合から脱退してその統制から離脱するなどの余地が残されている以上、たとえこれらの措置に出ることにつき事実上いささかの困難があったとしても、これらの措置に出ないで組合の指令に従ってストライキに参加した場合には、特段の事情のない限り、それは自己の責任においてなした自発的行為たる性格を脱しないというべきであるから、これに基づく損害も自ら甘受するほかなく、これにつき組合の不法行為責任を追及しうべき筋合いではないというべきである。しかるところ、本件犠救金支給事由たる被告らの各昇給延伸等の原因となった組合活動(ストライキ参加)につき、原告が組織として、被告らの各意思決定の自由を著しく拘束する強制を行ったとは、本件全証拠をもっても未だこれを認めることはできない。もっとも(証拠省略)に照らすと、原告の各支部の一部の現場においては、一部組合員の他の組合員に対する度を超えたストライキ参加説得行動が散見されたことは認めうるけれども、それらが原告の組織の行動としてなされたと認めるに足る証拠は未だないから、これをもって原告の不法行為の成立を認めることはできないというべきである。

よってこの点の被告らの主張もまた採用の限りではない。

七  以上の次第であるから、原告の被告らに対する本訴請求は、被告田代光秋(五三四)、同福田外二(五六六)を除くその余の被告らに対し、別表(一)の各被告名欄に対する返戻金額欄記載の各金員及びこれらに対する各被告らに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな同損害金起算日欄記載の日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これらを認容し、右被告らに対するその余の請求及び被告田代光秋、同福田外二に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を各適用し、なお仮執行の宣言を付するのは相当でないものと認めてこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 濱崎恭生)

〈以下省略〉

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